2016年07月06日

仏像は家族?友人?「観音の里の祈りとくらし展U」

奥びわ湖の仏像を展示した「観音の里の祈りとくらし展U」に行ってきました。
観音の里展.jpg
気分はまるで「仏像立食パーティ」

写真のとおり、広くて明るい会場に、だーっと仏像さんが露出展示。
現地に何回か行ったことがあるので、知った顔の仏像さんもいる。

「いや〜西野さん!ひさしぶり!」

と、西野薬師堂の薬師さんに、声かけちゃいたくなる(なるだけ)、まるでパーティ会場の様な展示室です。

今回の主役である黒田観音寺の観音さんも、現地では厨子に収まり上半身だけしか見えなかったのが、今回は全身、さらに背面まで拝めます。以外に大きく、下半身も精緻に造られています。
黒田観音.jpg
全身があらわになるのは初めて

しかし、この展覧会の特徴は、仏像を国宝だ文化財だと、美術品として扱うのではなく、びわ湖の町や村の一般の人たちが何百年も守ってきたという、民俗学的な背景を知るところにあります。

平安時代の初期、平安京の鬼門(北東)に位置し、比叡山から天台宗系の寺院がたくさん造られた。それが戦乱を経て、寺院はだいたい廃絶になる。それでも、仏像だけは地元の人たちが、戦火を避けるために土に埋めたり川に沈めたりして一生懸命守ってきたのでした。
現在は真宗(阿弥陀如来だけを信奉する)の信徒の方が多いそうですが、それでも天台系の仏像を大事に守る。そこに宗派の壁はありません。

図録でも、”「観音さま」「薬師さま」と高く遠い存在として奉るのではなく、「ウチの観音さん」と、まるで家族のような身近な存在としてとらえている”(展覧会図録より「ウチの観音さん〜湖北の人々のホトケに対する思い〜」佐々木悦也氏 より引用)と書かれています。

千手千足観音.jpg
めずらしい「千手千足観音」

そうした「ウチの村のスター」が東京にお出まし。地元の人には誇らしくもあり、またいつもいるはずの”家族”がいなくて寂しい思いもなさっているようです。

そんな身近な存在でありながら、仏像の歴史的価値や、造型的な特徴は、平安時代の秀逸な出来栄えであり、その点でも大変貴重。それがガラスなしの露出展示(一部ガラスケース入り)でしっかり見られるという機会です。

国家権力から自立し、都市国家の様な自治を行ってきた「惣村」の文書や写真もあり、奥びわ湖の独特の歴史風土がわかります。
惣村-菅浦.jpg
自治を貫いた惣村・菅浦(展示写真から)

四足門.jpg
村と外界の境界を示す「四足門」(筆者が現地で撮影)

一か月間の短い展示なので、早いうちにどうぞ。
(写真はプレス内覧会で許可を得て撮影)



観音の里の祈りとくらし展U−びわ湖・長浜のホトケたち−
2016年7月5日(火)- 8月7日(日)
東京藝術大学大学美術館 本館 展示室3、4
休日:月曜日(ただし、7月18日は開館)、7月19日
午前10時 - 午後5時(金曜日は午後8時まで)
美術館サイト:
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2016/nagahama2/nagahama2_ja.htm

海津大崎.jpg
奥びわ湖・大浦から竹生島を望む(筆者が現地で撮影)


 
posted by 宮澤やすみ at 17:36 | Comment(0) | 日本(仏像、考古) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする