2010年02月24日

レベッカ・ホルン展:現代アートがんばれ

先日のことですが、ひさしぶりに東京都現代美術館を訪れました。
かねがね「レベッカ・ホルン展」に行きたかったので、終了間際に、駆け込みで。

rhorn.jpg

この人の作品は、立体作品がダントツにおもしろい。

鳥の羽とか蝶とか、それを模した金属を、モーター駆動で静か〜に動かす。

その動きがじつに気まぐれで、死んだように静止してるかと思うそばから突然動き出したり。「生きている彫刻」とでもいいますか。
予測できない動きを、息を殺してじっと見守るこちらは、まるで植物の成長を観察するような気分になります。

ポスター(写真)にある、天井から吊り下げられたピアノは、30分くらい静止した後、突如グランドピアノの蓋を開き、88鍵の鍵盤をどちゃーっと外に吐き出す。
吐き出すときに中のピアノ線(弦)がこすられてぎゃぎゃぎゃーと音が鳴って、ピアノ君が苦しそうにゲロを吐いているよう。

こうしたふしぎなオブジェを登場させた映像作品もおもしろかったです。

この展覧会に行きたかったのは、15年前にニューヨークでこの人の作品を見て、非常に興味をひかれたから。
自分も当時は現代アートが大好きで、いろんなものを見てまわっていました時代です(遠い目)。

初めて旅したニューヨーク。昼はアート漬け、夜はジャズ漬けという日々をすごしました。
日本でもラフォーレミュージアムで横尾忠則の作品にビンビン来て気持ちよくなっちゃったり、セゾン美術館に通ったりもしたなあ。

年月が経つと、最近のコンテンポラリーアートって、まず企画意図ありきで、言葉をこねくりまわし、まずコンセプトへの理解を強要させるものが増えてきちゃった気がして、

ヘタすると作品そのものより作品の解説文のほうが印象に残っちゃったりして、
なんなら作品がなくても解説文さえあればいいんじゃないかという気がしちゃって、
「結局企画モノじゃん」って思うととたんにつまんなくなっちゃっておりました。

普段の生活でいろいろ考えさせられるのにアートでも考えさせられたら疲れるもんね(笑)

そこいくと、15年前にニューヨークのグッゲンハイム美術館でみたレベッカ・ホルン作品は強烈な印象でしたよ。
前情報もなく、日本語表示もないから、まっさらな心持ちで作品に触れることができた。これが良かったんだと思います。

言葉が仲介しない作品は、強力です。

自分は書や音楽で、言葉を用いる作品と向き合ってきましたが、そのへんでいつも葛藤があります。
書のほうは、最終的に抽象画と言語の境目をさぐるような作品を連発しまして、それで一段落したのでした。
音楽は、とくに唄もやってるとどうしたって言葉から離れられないよね。どうしたらいいんだろね。


自分が鑑賞する立場なら、横尾忠則もそうだけど、余計な言葉を介さなくてもなにか自分の感性に触れてビンビンと「感応」できるアートが好きですね。
(今だとスピリチュアルってのが流行ってるけど、それともちがう気がするんだよな・・・むむむ)
しばらくこの世界から遠ざかってけど、またあの感覚を味わいたいなあ。



posted by 宮澤やすみ at 22:25 | Comment(0) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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