2019年04月04日

ズレが楽しい?「荒木悠展 LE SOUVENIRS DU JAPON ニッポンノミヤゲ」

120年前のフランス人と、平成末期の日本人の、日本文化に対する目線はそんなに違わないのではないか、
と思った展示でした。

今回展示された映像作品は、明治期に日本を訪れた作家・ピエール・ロティの紀行文『秋の日本』をもとに、現代の映像と一緒に見ることで、時間の交錯を体感し、外国人と日本人の視点のズレを楽しむ内容になっています。

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《The Last Ball》

作品を作ったのは、映像作家の荒木悠さん。
アメリカと日本を行き来したバイリンガルである荒木氏だから、こうした東洋と西洋の視点の交錯が作品として結実しました。
どれも軽いユーモアを交えて楽しい作品を提示してくれたのが好印象でした。

プレストークでも、作家本人が「これほとんどボケなんですけど」と言ってましたし。その場は誰もツッコまなかったけど(笑)、いろいろツッコミを入れながら鑑賞するのがいいと思います。

京都、日光、江戸(東京)の名所をめぐる映像と紀行文をまじえた「戯訳」シリーズでは、ピエール氏が日光東照宮を千年前の古社のように解釈するなど、少々の勘違いが「ズレ」として心に引っかかるのですが、よく考えてみれば、きっと現代の日本人だって似たようなものだろうと思います。

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左から《戯訳「聖なる都・京都」「日光霊山」「江戸」》
背景色のマゼンタは、日本人と西洋人の色覚のちがいに着目して設定したもの


筆者は、仕事で寺社のガイドをしたり、三味線演奏を通じて江戸〜昭和の文化を紹介したりしていますが、
その経験からいうと、現代の日本人が古い日本を見る目は、もはや外国人と同じレベルであり、古い日本にエキゾチシズムを感じていることに気づきます。

今現在、着物を着るとか三味線の生音を聴くというのは特別な行事であって、日常ではない。"YEDO(エド)"という異世界を覗いてみようという意識は、若い日本人と西洋人と変わりがないように思います。
旅先でも、「今あなたが参拝してるのは神社?お寺?」と聞かれて、正確に答えられる人はどれくらいいるでしょう。
(なお、ピエール氏は、明治期の神仏分離・廃仏毀釈の様相を見逃さずに記述していてさすがと思いました)

平成末期の一般的な日本人からすると、奈良時代も江戸時代も等しく遠く知らない世界であり、異国そのものなんだと思います。
自分のくらしとつながっているということが実感しづらい、時代の断絶があります。
だから、解説する側からすると、外国人に説明するのと(古い日本に詳しくない一般的な)日本人に説明するのに、内容はほとんど変わりません。

つまり、日本人と西洋人の目線の交錯が、ズレてるようで交わるようでという、一筋縄でいかないもやもや感が楽しい作品なのでありました。
そもそも他者との完全な理解などありえないわけですから、これが世界の縮図ともいえますね。


筆者の場合、「現代美術での映像作品」というと、小難しくて苦手な印象があって、大規模な美術展ではつい素通りしがちでした(スミマセン)。

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しかし、ものは考えようで、ひとつの短編映画だと思えばぐっと距離が縮まるもの。
今回は、脚本がピエール・ロティ。監督が荒木悠。制作が資生堂というかたちの映画みたいなものでしょう。
たくさんの人が団結してひとつの作品が仕上がる、その様子も垣間見られます。

会場に流れる弦楽四重奏。ちょっとインチキくさい(笑)鹿鳴館の雰囲気が、銀座の地下で楽しめます。しかも無料。
銀座の散歩のついでにちょっと立ち寄れる展示だと思います。
(右写真:荒木悠氏)


「荒木悠展:LE SOUVENIRS DU JAPON ニッポンノミヤゲ」
2019 年4 月3 日(水)〜6 月23 日(日)
資生堂ギャラリー にて
平日 11:00〜19:00 日・祝 11:00〜18:00 毎週月曜休
(月曜日が祝日にあたる場合も休館)
入場無料
http://www.shiseidogroup.jp/gallery/

posted by 宮澤やすみ at 16:18 | Comment(0) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月15日

東西アート革命「マルセル・デュシャンと日本美術展」

「マルセル・デュシャンと日本美術展」に行って来ました。

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一番有名(?)な作《自転車の車輪》
1964複製/オリジナル1913


トイレの便器に、サインを書いて
「これでもアートなんだぜ、どうよ!」
と、したり顔で展示して、美術のコンセプトをひっくり返した人が、マルセル・デュシャンさんです。

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作品づくりにまつわるメモや複製をパッケージにまとめる仕事もした

デュシャンは20世紀初頭に、まず画家としてスタート。
キュビズムに影響された絵画作品を多く描きますが、すぐ画業をあきらめてしまいます。

「もう画家や〜めた」っていった先から、デュシャンの仕事が始まるわけですが、
対象を分解して再構成するキュビズム絵画と同じように、アート全体もぶっ壊した張本人なんですね。
ほかにも、急に女装して「ローズ・セラヴィ」という架空キャラを演じたり。これって、友近が水谷千重子やるのと同じ?ですよね。

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レディメイド作品の代表。しかもサインは"M. Mutt”という偽名!
《泉》1950複製/オリジナル1917


「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」
という作品も登場。このタイトルを読んでから作品を見ると、性的なモチーフが見えてきます。
便器の作品は「泉」。
こんな感じで、言葉と作品の密接な融合も、デュシャンの作品によくみられます。

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《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》
1980複製(オリジナル1913-1923)


そんなふうなコンセプトをもとに、「日本美術」を見てみよう、というのがこの展覧会のミソ。

いきなり出てきたのは、楽茶碗。

今でこそ高級な美術品というイメージですが、制作当初はかなりパンクなアイディアから生まれました。
金ぴか豪華主義の桃山時代に、真っ黒な手捻りのヘンな茶碗を持ち出した衝撃たるや相当なものだったはず。
このサイトでも、以前わたくしこんなふうに紹介しました↓
「利休と楽は美術界のとんだパンク野郎」
「桃山美術界に殴りこんだ”反逆のアート”」
「楽茶碗はアバンギャルドの極致?『茶碗の中の宇宙』展」アートウォッチャーより

こういう考え方が、楽茶碗にはあるんですね。
そことデュシャンとを、だいぶ強引ですが結び付けてみたよ、という展示です。

そのへんにあった竹を切っただけの花入れが「美」とされるのも、デュシャンの《泉》と通じる?というわけ。

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展示後半は日本美術《竹一重切花入 銘 園城寺》伝 千利休

奇しくも、先日はサザビーのオークションで1億5000万円で落札されたアート作品が、その瞬間に断裁されるという「事件」がありました。
投資の対象になっているアートに疑問をなげかけるパフォーマンスでしたが、これのおかげでかえって価値が高まっちゃうという、ヘンな矛盾が起きてます。
デュシャンも、美術を壊した仕事のおかげでかえって現代美術のスターとして扱われています。

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書=ことばと作品の融合を、デュシャンの言葉遊びとつなげてみる
ーー《舟橋蒔絵硯箱》本阿弥光悦


ちょっとこじつけ感もありますが(笑)、それでも最近は東洋と西洋の美術の共通点を探る行為もよくありますし、わたし自身も運慶を「仏像界のルネサンス」と言ったりしてますので、今どきの美術評論の潮流なのかなと思います。

そんなふうに、時間も空間も超越して横断的に美術を楽しもうよ、という思いが伝わってくる展示です。



東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展
【マルセル・デュシャンと日本美術】
2018年10月2日(火)〜12月9日(日)
東京国立博物館・平成館特別展示室第1室・第2室
公式サイト
http://www.duchamp2018.jp

posted by 宮澤やすみ at 23:32 | Comment(0) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

「天ぷらスタイル」の理由 -ジャコメッティ展-

国立新美術館の「ジャコメッティ」展を取材してきました。
観た後、天ぷらが食べたくなる展示でした。とくにエビ天。

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撮影OKエリアもあって盛り上がってます

なぜこんな形に?

ジャコメッティといえば、ヒョロヒョロの人体彫刻が有名ですよね。

これを見て、ああ現代美術、わけわからん抽象作品、と早合点しそうですが、そうではないのです。
(私も初めて見たときは”なんじゃこりゃ”と衝撃を受け、そこからハマりましたがね)

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突然こんなのが立ってたら”なんじゃこりゃ”となります

展覧会では、評論家の山田五郎さんのイヤホンガイドがすごく聴きごたえがあったので、許可を得てその言葉を引用します。

さて、ジャコメッティは、若いころはシュルレアリスムの仲間にいましたがすぐ離脱。抽象から、モデルを立たせての具象表現へ舵を切ります。

そこでのコンセプトは、自分の眼で見たまんまを、彫刻として再現するというもの。

作品をよ〜く見ると、顔立ちや胸の形、ヒップなど、わりと生々しいイメージが伝わってきます。ジャコメッティが交際していた彼女をモデルに作った作品なんか、けっこうセクシーです。

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表情や人となりが伝わってきます

でも、やっぱり写実表現とはちがいますよね。なんだか天ぷらの衣みたいな表面とかね(笑)、現実とかけ離れた異質な感じがします。
これ、べつにジャコメッティの視覚がおかしいとかそういう話ではない(マンガ『火の鳥・未来編』ではそんなシーンがありました)。

いったいどういうことでしょうか?

ジャコメッティを大変評価したのが、実存主義の大家・サルトルでした。彼の作品が「実存主義的だ」とおっしゃるのです。

山田五郎さんの解説によると、実存主義の考え方とは「世界は、自分が見えるようにしか存在しない」ものとまとめてくれています。今見えている世界(対象)は、あくまで自分というフィルターを通してのものにすぎないということでしょうか。

ジャコメッティは、見えたものをそのまま彫刻にするという行為で、自分だけの世界をこの世に現出させたと言えましょうか。だいぶややこしい話です。

だから、一般的な写実表現とは異なるのですね。

ジャコメッティは、モデルと何か月も向き合い、造っては削りを繰り返し、やっとのことで作品を創り出していったそうで、その制作過程は過酷だったそう。
きっと、造るというより「絞り出す」ような感じだったんでしょうか。

その中で、自分の見えている形を追求して格闘した「痕跡」が、あの天ぷらの衣状態なんじゃないでしょうか。

なにしろ、ヒョロヒョロスタイルや天ぷらスタイル(勝手に命名)を、意図的に編み出したわけではなく、やっているうちに「なんだかこうなっちゃった」というのが実情のようです(後に紹介する山田五郎さんのVTRにもあります)。

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ジャコメッティにかかるとネコもこうなる(笑)


「ジャコメッティ」展で見える”仏像って何?”

さて、筆者の専門は仏像なのですが、仏像ファン目線で見ると、同じ彫像でも考え方が正反対のようで、しかし同じ到達点に向かっているような、そんな思考ループに陥ります。


山田五郎氏によると「実存主義の反対は本質主義といって、自分がいなくても世界は存在するというもの」だそうですが、信仰の世界はわりとこちらに近いでしょうか。

目には見えない、観念的な存在である仏を、彫像としてこの世に現出させるのが仏像造りの目的。

いわば、そこに「ない」けど、心のなかにあるものを、現実に「ある」ものとして目の前に置いてくれる。

一方、ジャコメッティの場合は、現実に「ある」ものをひたすら見て、対象と作家を隔てる存在や、作家の心の奥に沸き立つものを形にする。

両者は、アプローチは正反対ですが、どちらも存在の本質に触れようとする試みは共通してる気がしました。

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展示後半の「ヴェネツィアの女」は圧巻

ただ、アプローチが正反対だからといって、単純にヨーロッパと東洋という紋切り型の解釈はできないでしょう。ジャコメッティの生きた20世紀という時代の空気もあるかと思います。

ちなみに、ジャコメッティのようにどんどん削っていくことで量感を表現する「引き算の美学」は日本人の美意識にマッチするのでは、と山田五郎さんおっしゃってます。

一般に、ヨーロッパでの美の基本は人体、東洋での美は自然とされるようで、そこに美術や宗教の本質が見えてきます。こうした東西美術の比較については、これからも取材していきたいと思います。

最後に、山田五郎さんのわかりやすい解説動画があるので貼っておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=UCsgZW84l88


ちなみに、山田五郎さんには、私のバンド「宮澤やすみ and The Buttz」のCDジャケ帯推薦文を書いていただいてます(突然宣伝すみません)。


『Ash-la la la』宮澤やすみ and The Buttz



本展は、東京展の後、豊田市美術館に巡回します。

ジャコメッティ展
(東京展)
2017年6月14日(土)〜9月4日(日)
国立新美術館企画展示室 1Eにて
月曜休館
(愛知展は10月14日から豊田市美術館)

展覧会公式サイト
http://www.tbs.co.jp/giacometti2017/

posted by 宮澤やすみ at 12:34 | Comment(0) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月21日

”シュル”を超えた”原子核画家”「ダリ展」

国立新美術館の「ダリ展」おもしろかったです。

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写真はプレス内覧会で特別の許可を得て撮影

若い頃の作品から人気を博したシュルレアリスム時代、戦後の原子力絵画など生涯を通じた作品を回顧するもので、ダリがよくわかりました。
仲間の映画監督ルイス・ブニュエルによる『アンダルシアの犬』(グロ注意)なども上映されてます。

原子力と宗教?

展示順路を進むと、1920年代後半から、ダリの「シュルレアリスム時代」となります。
無意識を意識した(?)絵画がいくつもあるなか、彫刻展示が面白い。《引出しのあるミロのヴィーナス》は、有名なミロのヴィーナスを精巧にまねて作ってますが、おっぱいやお腹に引き出しがあって、モフモフの毛がついてる。これがなんともエロティック。
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そこはかとないエロティシズム

しかし、一般的にダリ=シュルレアリスムというイメージがあるようですが、それは断片的なもの。むしろシュルレアリスムの仲間とはある時期から決別し独自路線をいきます。まあ、この人のことですから何やっても独自なんでしょうが。
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解説にあるとおり、シュルレアリスムとは少し路線を異にしたようです
”シュル=超”を超えたら、シュルシュル画家とでも呼びますかな


バレエの舞台美術を手掛けたりしたあと、第二次世界大戦が終結。
そのときダリは、広島・長崎への原爆投下に衝撃を受けました。
その衝撃で、いきなり原子力への興味が湧き、原子物理学と芸術を結び付けるという、大変にワケの分からない行動にでます。

たとえば「原爆に衝撃を受け、反戦のメッセージを込める」とかなら、アーティストのあるあるパターンなんですが、さすがダリ、「原爆の影響で、”原子力絵画”を制作」というのだから、本当にブッとんだアーティストでございます。

さらに、そこに宗教的な神秘主義が合わさって、著書『神秘主義宣言』を発表。その中で、自分を「原子核神秘主義画家」と宣言します。もう何がなんだか。

そのころの作品がたしかにブッとんだ面白さ。
その代表作《ラファエロの聖母の最高速度》をお見逃しなく。
タイトルからして「主語と述語が合ってない」と国語の先生に怒られそうなものになってます。
公式サイトに画像出てるので見てみてください
筆者もこの展示で一番好きな作品で、グッズ(A5クリアファイル)も買いました。

ものの根源である素粒子をつきつめることで、宇宙のなりたちを考えるうちに、聖なるものと重ね合わせてしまったのでしょうか。とにかくおもしろいです。

奇抜さの背後にあるもの

原爆の影響がもろに出ている作品《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》もすばらしいです。
展示室に入るところから作品が見えていて、立体モチーフを貼り付けた作品かな?と思ったら、純然たる油絵でした。

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これがその作品。正面から見ても、モチーフが浮いているように見えて仕方ないです

《素早く動いている静物》もすごい。ばしゃっと広がる水の描写とか、ほんと超絶技巧。

この人は、本当に絵がうまい人なんですね。

ただ、ダリに関して「あ〜上手な絵」「絵から雀が飛び出そう」といった評価は全く無い。そういうところで勝負する画家ではないですもんね。
圧倒的な画力は、突拍子もない表現でも敬遠されず、観客を自然に引き込むための説得力になっています。
話は飛ぶけど、筆者の好きなデヴィッド・ボウイも、奇抜なイメージありましたが、何をやっても受け入れられるだけの「歌の上手さ」があったと言われます。

わりとしたたかに、タレントとしても世渡りをした画家ですが、そのベースには超絶な技術があって、しっかりとした表現力が備わっている。
どんなに奇をてらっても、腕がともなってないとダメというわけですね。

その後、晩年のダリ作品は少しやわらかい色調になって、こんな人でも最後は丸くなるのかなという印象でした。

「ダリ展」
2016年9月14日(水)〜12月12日(月)
火曜休館
国立新美術館にて
http://salvador-dali.jp/
美術館サイト
http://www.nact.jp/exhibition_special/2016/salvador-dali/
 
posted by 宮澤やすみ at 17:49 | Comment(0) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

この日だけ撮影OK!粋なはからい「ポンピドゥーセンター傑作展」

上野で開催中の「ポンピドゥー・センター傑作展―ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで―」ですが、6月17日(金)と24日(金)の夜間(18:00〜20:00)に限り、カンディンスキーの絵の前で撮影OKになるそうです。
題して「フライデー撮影ナイト」!

最近では、撮影コーナーを設ける美術展が増えましたが、ホンモノの絵を撮影できるのはめずらしいと思います。
やっぱり、観に行ったらなにか撮りたくなるし、主催側としても、撮影してSNSにアップしてもらうのが一番の宣伝になりますもんね。両者の思惑が一致しました(笑)

展覧会は、20世紀美術を振り返るもので、1906〜1977までのタイムラインを1作品ずつたどっていくという展示。
タイトルどおり、ピカソ、マティス、デュシャン(便器を出品しちゃう)、クリスト(なんでも包んじゃう)などなど有名どころがずらり。
金曜夜に、行ってみてくださいませ!
(フラッシュ撮影、三脚や自撮り棒の使用はNGだそうです)

詳細情報↓

ポンピドゥー・センター傑作展―ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで―
2016年6月11日(土)〜9月22日(木祝)
東京都美術館 企画展示室
休日:月曜日、7月19日(火)
※ただし、7月18日(月祝)、9月19日(月祝)は開室
9:30〜17:30 ※毎週金曜日は9:30〜20:00
展覧会公式サイト:
http://www.pompi.jp/
 
posted by 宮澤やすみ at 13:45 | Comment(1) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする