2018年05月01日

「記録」から「創作」へ、絵画の存在意義「ターナー 風景の詩」展


ターナーというと、独特の「もわ〜っ」とした画風が印象的なんですけど、その理由はなんなのか、気になっていました。
19世紀前半にイギリスで活躍した近代絵画の巨匠です。

今回開催された「ターナー 風景の詩(うた)」展では、若い頃から晩年まで、展覧会ぜんぶターナー作品が並ぶもの。


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報道内覧会で解説いただいたのは、スコットランド国立美術館群 総館長 ジョン・レイトン卿。この方の話がじつにスマートで、われわれ下々の者にも的確にみどころを伝えてくれました。まさに本物の紳士。

年代ごとにいろんな画風が見られます。

若いころの作品は、写実的で緻密な風景画です。
また、職業画家として制作したエッチングなどの版画作品も緻密なタッチで、視力の弱い私が遠くから見ると本当に写真のように見えました。自分の創作と仕事としての制作と、描き分けていたんじゃないかと思います。

しかし、はじめから単なる風景画家では終わらない気風があったようです。
若いころの作品で、スノードン山の風景が展示されていますが、細かい描写も描き込んでいるものの、山には霧が煙って水墨画のよう。
この感じをつきつめて、晩年の「もわ〜っ画面」に行き当たったのでしょうか。
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《スノードン山、残照》1798-1799年 水彩、スクレイピングアウト・紙 52.7×75.6cm
エディンバラ、スコットランド国立美術館群 ©Trustees of the National Galleries of Scotland


展示で解説されていたのは「崇高」というワードでした。
風景画もただの写生には終わらず、人智を超えたなにかを感じさせる崇高さを表現してます。
ターナー自身の思想は、人間なんてちっぽけなものさという考えがあったようで、大自然のパワーと古代文明のあこがれみたいなものがあったようです。
現代の男の子と同じ趣味ですね。きっとオーパーツとかUFOの話とかしたら食いつくんじゃないでしょうか。

そんなターナーですから、イタリアで古代文明に接してかなり感化されたそうです。
以降、風景を描いてもなにかの思想を感じる作品が見られます。
今回は《キリスト教の黎明(エジプトへの逃避)》という作品も展示されてますが、これなどまさにスピリチュアルな旅の影響が色濃く見えていますからぜひ会場でご鑑賞ください。

で、到達するのがこの作品。亡くなる10年ほどまえの作です。

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レイトン卿とともに本展を監修された郡山市立美術館の富岡進一主任学芸員。ターナー晩年の作品《風景−タンバリンをもつ女》を解説

展示最後にあった、スイスのルツェルンを描いたとされる小品《ルツェルン湖越しに見えるピラトゥス山》も印象的でした。
ぜひ会場で見てください。もはや禅の水墨画と同じ境地なのではないかと思うような、枯れた味わいの作品です。

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イギリス、イタリア、スイス、静かな空間で絵画の旅を楽しむ

ターナーの時代は、産業革命で社会がどんどん変わっていく時代。
人間の文明の力と素朴な自然が対立するなか、ターナーなりに折り合いをつけようとしていたのではないでしょうか。
さらに、写真が発明されたのもこの頃です。

19世紀の風景画家は、大富豪の邸宅と敷地を描いて「記録」する仕事がメインだったそうですが、それって今なら写真を撮って終わりですもんね。

19世紀半ば、写真技術が広まる中、記録係としての画家はどう生きていくべきか。
画家たちは、写真にはできない、絵の表現を模索していたことでしょう。

ターナーは、イタリアの旅の経験から、光を捉えることに注力したそうで、そこから発展してターナーなりの絵画様式が完成します。

風景のなかで光を捉えるやり方、これはまさに「印象派」の考え方ですよね。

解説によると、モネなどはターナーの絵をかなり研究して自分の作品の取り入れたそうです。

さらに、独特の「もわ〜っ」画風は、20世紀のマーク・ロスコにも影響を与えたそうです。

というわけで、近現代絵画は、ターナー無しに語れないのであります。

今回、そのターナーを存分に味わえる展示、アートファンなら見逃せないと思います。



イギリス風景画の巨匠
ターナー 風景の詩(うた)

(東京展)
2018年4月24日(火)〜7月1日(日)
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
http://www.sjnk-museum.org/


<巡回>
2月17日〜4月15日 京都文化博物館(終了)
7月7日〜9月9日 郡山市立美術館

公式サイト:
https://turner2018.com/


posted by 宮澤やすみ at 17:54 | Comment(0) | ヨーロッパ(近代) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

仏像展示の集大成「仁和寺と御室派のみほとけ」展

東京国立博物館の「仁和寺と御室派」展。
筆者の専門にちょうど重なる領域であり、取材と紹介にも力が入ります。
こちらのサイトに連続で記事掲載されていますので、好きなところからご覧ください。特別に撮影した写真や動画があります。

「撮りたい欲」を解放! 仁和寺展の観音堂再現
 https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20180120-2/

秘仏を間近で!「仁和寺と御室派展」
 https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20180127-2/

秘仏かつ古仏、その魅力を存分に!「仁和寺と御室派展」
 https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20180203-2/

葛井寺の千手観音、東京に光臨
 https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20180217-2/


歴史ファンも、古仏ファンも、秘仏好きも、慶派マニアも、誰もが「これはすごい」となる稀有な展示ですよ!

 


posted by 宮澤やすみ at 12:15 | Comment(0) | 日本(仏像、考古) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

撮影OKエリアも!優しい気持ちになる「ブリューゲル展 画家一族150年の系譜」

とても幸せな気分に浸れる展覧会。
そして、茹でたてのジャガイモとチーズに、ベルギービールが欲しくなる展覧会です(笑)。

昨年の「バベルの塔展」で好評を博したブリューゲル。今回はその続編といったところでしょうか。

「バベル塔」の画家、ピーテル・ブリューゲル1世を初代として、その後の子孫たちの画業が概観できます。

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中世からバロックを生きた画家一族150年

父の作品を複製することもあり、ブリューゲル一族のテーマは代々受け継がれていきます。
それは、農民の普段のくらしを題材にしていること。

いかにも乾燥してそうなフランドル地方の風景に、庶民の素朴なくらしぶりが描かれています。

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画面のあちこちにストーリーや風刺が込められているので、よ〜く見てください

息子ピーテル2世作《鳥罠》をご覧あれ。
スケートに興じる子供たちのすぐそばに大きな穴! 人生楽しい時でもいつ何が起きるかわからないという意味があるそうです。

いっぽう、代が変わるごとに絵のタッチは変わっていきます。
ピーテルは、当時すでに巨匠だったヒエロニムス・ボスの影響が強く「二代目ボス」的な存在だったそうですが、その子や孫になるとタッチが変わってきます。

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息子のヤン・ブリューゲル1世、孫のヤン2世は、花の静物画が代表作

筆者自身が一番気に入った作品がこれ。

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ヤン・ブリューゲル2世《聴覚の寓意》

さまざまな楽器が並べられ、リュートを奏でる女性の横にはかわいらしい鹿が。鹿は聴覚が良いことからここに描かれました。
イヤホンガイドで、中世のリュート音楽を聴きながらこれを見たら、もう本当に引き込まれて、ここちよ〜い気分になってきますよ。

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シカさんがこっちを見て、ちょ〜かわいい


初代ピーテル1世は、ひょうきんな性格だったそうで、思わず笑顔になるような絵が得意。
まだ当時の世の中は重税や戦争、疫病など、中世の重苦しさをひきずっていた頃、だからこそ、せめて絵の中では楽しいきもちでいたい、そんな心意気が伝わってきます。
そんな楽しさが見るものの心をほぐして、展示室を出るころには、やさし〜い気持ちになっていると思いますよ。

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展示のメインである《野外での婚礼の踊り》こちらまで楽しい気分になってきます

また、東京展の2月18日までは、なんと2階展示室が撮影OK!
イヤホンガイドのやわらかい語りと音楽が、絵のたのしさを引き立ててくれます。
B5サイズでコンパクトな図録もいいですね。

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婚礼の宴で、こっちも一杯飲みたくなるところへ、ミュージアムショップはベルギービールがずらり

ぜひお見逃しなく。



ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜
(東京展)
2018年1月23日(火)〜4月1日(日)
月曜日、2月13日(火)
※ただし2月12日(月)は開室
東京都美術館


愛知展は4月24日から豊田市美術館
北海道展は7月28日から札幌芸術の森美術館
広島、福島にも巡回予定
公式サイト:
http://www.ntv.co.jp/brueghel/

posted by 宮澤やすみ at 16:06 | Comment(0) | ヨーロッパ(中世、ルネサンス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

気分は仏像同窓会!?「運慶展」

東京国立博物館の特別展「運慶」を取材してきました。
なにしろ運慶と慶派の有名な仏像が、あれもこれもギュッと一堂に。
なかなかの仏像パーティぶりでした。
仏像ファンなら必須の展示かと思います。

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無著さんと世親さんに歓迎されて、仏像パーティに招かれた気分

クライマックスは奈良・興福寺の諸像。

現在、興福寺の南円堂にある四天王は、もとは北円堂にあったとされるそうで、
展示では、北円堂の有名な像である無著と世親の両像といっしょに配置され、往時の北円堂の内陣を再現しています。

この、無著さんと世親さんのお二人、やはり素晴らしいですね。
四天王や菩薩のような派手さは一切無いものの、その圧倒的な存在感に改めて感動しました。
写真やネットでよく見る像ですが、やはり実物の感覚はぜんぜんちがいますね。

展示はまず「運慶のデビュー作」といわれる円成寺・大日如来から始まります。
20代の運慶が「やったるでぇ〜!」とがんばって造り上げた仏像。その気持ちに共感し、私はこの像をイメージした仏像ソング"Great Sunshine Boy"という歌を歌っています。
展示はそこから伊豆と横須賀の名作、願成就院と浄楽寺の仏像が並びます。私はこの両寺には何度となく訪問。母校である横須賀高校在学のとき、浄楽寺近くに友人が住んでいたこともあり、とてもなじみのあるお寺です。
そんななじみ深いお寺の仏像がこんな晴れ舞台に登場するなんて、なにかこう、地元の仲間がスターになったような誇らしげな気持ちになります。

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運慶作と目される興福寺の仏頭も独特の存在感

運慶ファミリーの作も展示。

運慶の父・康慶作、奈良の長岳寺の阿弥陀三尊は、玉眼を使った最初期の例として有名。お寺では暗い中で少し離れた位置からの拝観ですが、ここでは間近に拝めます。

運慶の子・康弁作、怪獣っぽい風貌だけどカワイイ天燈鬼、龍燈鬼は、展示の最後でお出迎えしてくれます。

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高野山から八大童子も東京出張(運慶作の6体のみ)


写真や旅先で何度も会ってきた仏像ばかりですが、こうして一堂に集まって再会を楽しむのもいいですね。
まさに気分は仏像同窓会。
「やあひさしぶり!」「最近どうしてた〜?」なんて会話が聞こえてくるよう(ハイ完全に妄想でございます)。

展示替えもあるので、また行ってみたい、今年最大の仏像展だと思います。

ちなみに、グッズ売り場では、「十二神将ジオラマ」が異彩を放っていました。
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特別展「運慶」
2017年9月26日(火)〜11月26日(日)
月曜休館(10/9は開館)
東京国立博物館「平成館」にて
公式サイト
http://unkei2017.jp
 
posted by 宮澤やすみ at 02:03 | Comment(0) | 日本(仏像、考古) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

「天ぷらスタイル」の理由 -ジャコメッティ展-

国立新美術館の「ジャコメッティ」展を取材してきました。
観た後、天ぷらが食べたくなる展示でした。とくにエビ天。

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撮影OKエリアもあって盛り上がってます

なぜこんな形に?

ジャコメッティといえば、ヒョロヒョロの人体彫刻が有名ですよね。

これを見て、ああ現代美術、わけわからん抽象作品、と早合点しそうですが、そうではないのです。
(私も初めて見たときは”なんじゃこりゃ”と衝撃を受け、そこからハマりましたがね)

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突然こんなのが立ってたら”なんじゃこりゃ”となります

展覧会では、評論家の山田五郎さんのイヤホンガイドがすごく聴きごたえがあったので、許可を得てその言葉を引用します。

さて、ジャコメッティは、若いころはシュルレアリスムの仲間にいましたがすぐ離脱。抽象から、モデルを立たせての具象表現へ舵を切ります。

そこでのコンセプトは、自分の眼で見たまんまを、彫刻として再現するというもの。

作品をよ〜く見ると、顔立ちや胸の形、ヒップなど、わりと生々しいイメージが伝わってきます。ジャコメッティが交際していた彼女をモデルに作った作品なんか、けっこうセクシーです。

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表情や人となりが伝わってきます

でも、やっぱり写実表現とはちがいますよね。なんだか天ぷらの衣みたいな表面とかね(笑)、現実とかけ離れた異質な感じがします。
これ、べつにジャコメッティの視覚がおかしいとかそういう話ではない(マンガ『火の鳥・未来編』ではそんなシーンがありました)。

いったいどういうことでしょうか?

ジャコメッティを大変評価したのが、実存主義の大家・サルトルでした。彼の作品が「実存主義的だ」とおっしゃるのです。

山田五郎さんの解説によると、実存主義の考え方とは「世界は、自分が見えるようにしか存在しない」ものとまとめてくれています。今見えている世界(対象)は、あくまで自分というフィルターを通してのものにすぎないということでしょうか。

ジャコメッティは、見えたものをそのまま彫刻にするという行為で、自分だけの世界をこの世に現出させたと言えましょうか。だいぶややこしい話です。

だから、一般的な写実表現とは異なるのですね。

ジャコメッティは、モデルと何か月も向き合い、造っては削りを繰り返し、やっとのことで作品を創り出していったそうで、その制作過程は過酷だったそう。
きっと、造るというより「絞り出す」ような感じだったんでしょうか。

その中で、自分の見えている形を追求して格闘した「痕跡」が、あの天ぷらの衣状態なんじゃないでしょうか。

なにしろ、ヒョロヒョロスタイルや天ぷらスタイル(勝手に命名)を、意図的に編み出したわけではなく、やっているうちに「なんだかこうなっちゃった」というのが実情のようです(後に紹介する山田五郎さんのVTRにもあります)。

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ジャコメッティにかかるとネコもこうなる(笑)


「ジャコメッティ」展で見える”仏像って何?”

さて、筆者の専門は仏像なのですが、仏像ファン目線で見ると、同じ彫像でも考え方が正反対のようで、しかし同じ到達点に向かっているような、そんな思考ループに陥ります。


山田五郎氏によると「実存主義の反対は本質主義といって、自分がいなくても世界は存在するというもの」だそうですが、信仰の世界はわりとこちらに近いでしょうか。

目には見えない、観念的な存在である仏を、彫像としてこの世に現出させるのが仏像造りの目的。

いわば、そこに「ない」けど、心のなかにあるものを、現実に「ある」ものとして目の前に置いてくれる。

一方、ジャコメッティの場合は、現実に「ある」ものをひたすら見て、対象と作家を隔てる存在や、作家の心の奥に沸き立つものを形にする。

両者は、アプローチは正反対ですが、どちらも存在の本質に触れようとする試みは共通してる気がしました。

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展示後半の「ヴェネツィアの女」は圧巻

ただ、アプローチが正反対だからといって、単純にヨーロッパと東洋という紋切り型の解釈はできないでしょう。ジャコメッティの生きた20世紀という時代の空気もあるかと思います。

ちなみに、ジャコメッティのようにどんどん削っていくことで量感を表現する「引き算の美学」は日本人の美意識にマッチするのでは、と山田五郎さんおっしゃってます。

一般に、ヨーロッパでの美の基本は人体、東洋での美は自然とされるようで、そこに美術や宗教の本質が見えてきます。こうした東西美術の比較については、これからも取材していきたいと思います。

最後に、山田五郎さんのわかりやすい解説動画があるので貼っておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=UCsgZW84l88


ちなみに、山田五郎さんには、私のバンド「宮澤やすみ and The Buttz」のCDジャケ帯推薦文を書いていただいてます(突然宣伝すみません)。


『Ash-la la la』宮澤やすみ and The Buttz



本展は、東京展の後、豊田市美術館に巡回します。

ジャコメッティ展
(東京展)
2017年6月14日(土)〜9月4日(日)
国立新美術館企画展示室 1Eにて
月曜休館
(愛知展は10月14日から豊田市美術館)

展覧会公式サイト
http://www.tbs.co.jp/giacometti2017/

posted by 宮澤やすみ at 12:34 | Comment(0) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする