2016年09月21日

”シュル”を超えた”原子核画家”「ダリ展」

国立新美術館の「ダリ展」おもしろかったです。

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写真はプレス内覧会で特別の許可を得て撮影

若い頃の作品から人気を博したシュルレアリスム時代、戦後の原子力絵画など生涯を通じた作品を回顧するもので、ダリがよくわかりました。
仲間の映画監督ルイス・ブニュエルによる『アンダルシアの犬』(グロ注意)なども上映されてます。

原子力と宗教?

展示順路を進むと、1920年代後半から、ダリの「シュルレアリスム時代」となります。
無意識を意識した(?)絵画がいくつもあるなか、彫刻展示が面白い。《引出しのあるミロのヴィーナス》は、有名なミロのヴィーナスを精巧にまねて作ってますが、おっぱいやお腹に引き出しがあって、モフモフの毛がついてる。これがなんともエロティック。
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そこはかとないエロティシズム

しかし、一般的にダリ=シュルレアリスムというイメージがあるようですが、それは断片的なもの。むしろシュルレアリスムの仲間とはある時期から決別し独自路線をいきます。まあ、この人のことですから何やっても独自なんでしょうが。
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解説にあるとおり、シュルレアリスムとは少し路線を異にしたようです
”シュル=超”を超えたら、シュルシュル画家とでも呼びますかな


バレエの舞台美術を手掛けたりしたあと、第二次世界大戦が終結。
そのときダリは、広島・長崎への原爆投下に衝撃を受けました。
その衝撃で、いきなり原子力への興味が湧き、原子物理学と芸術を結び付けるという、大変にワケの分からない行動にでます。

たとえば「原爆に衝撃を受け、反戦のメッセージを込める」とかなら、アーティストのあるあるパターンなんですが、さすがダリ、「原爆の影響で、”原子力絵画”を制作」というのだから、本当にブッとんだアーティストでございます。

さらに、そこに宗教的な神秘主義が合わさって、著書『神秘主義宣言』を発表。その中で、自分を「原子核神秘主義画家」と宣言します。もう何がなんだか。

そのころの作品がたしかにブッとんだ面白さ。
その代表作《ラファエロの聖母の最高速度》をお見逃しなく。
タイトルからして「主語と述語が合ってない」と国語の先生に怒られそうなものになってます。
公式サイトに画像出てるので見てみてください
筆者もこの展示で一番好きな作品で、グッズ(A5クリアファイル)も買いました。

ものの根源である素粒子をつきつめることで、宇宙のなりたちを考えるうちに、聖なるものと重ね合わせてしまったのでしょうか。とにかくおもしろいです。

奇抜さの背後にあるもの

原爆の影響がもろに出ている作品《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》もすばらしいです。
展示室に入るところから作品が見えていて、立体モチーフを貼り付けた作品かな?と思ったら、純然たる油絵でした。

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これがその作品。正面から見ても、モチーフが浮いているように見えて仕方ないです

《素早く動いている静物》もすごい。ばしゃっと広がる水の描写とか、ほんと超絶技巧。

この人は、本当に絵がうまい人なんですね。

ただ、ダリに関して「あ〜上手な絵」「絵から雀が飛び出そう」といった評価は全く無い。そういうところで勝負する画家ではないですもんね。
圧倒的な画力は、突拍子もない表現でも敬遠されず、観客を自然に引き込むための説得力になっています。
話は飛ぶけど、筆者の好きなデヴィッド・ボウイも、奇抜なイメージありましたが、何をやっても受け入れられるだけの「歌の上手さ」があったと言われます。

わりとしたたかに、タレントとしても世渡りをした画家ですが、そのベースには超絶な技術があって、しっかりとした表現力が備わっている。
どんなに奇をてらっても、腕がともなってないとダメというわけですね。

その後、晩年のダリ作品は少しやわらかい色調になって、こんな人でも最後は丸くなるのかなという印象でした。

「ダリ展」
2016年9月14日(水)〜12月12日(月)
火曜休館
国立新美術館にて
http://salvador-dali.jp/
美術館サイト
http://www.nact.jp/exhibition_special/2016/salvador-dali/
 
posted by 宮澤やすみ at 17:49 | Comment(0) | 現代美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

別格の観音さんとなかまたち大集合!「平安の秘仏-滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」

東京国立博物館で「櫟野寺の大観音とみほとけたち」プレス内覧会に行ってきました。
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あの巨大な本尊のほか、全20体の仏像がずらり!展示室に入った瞬間、つま先から頭のてっぺんまでゾワゾワと電流が走る、ブツ欲全開の興奮であります!
(写真は特別に許可を得て撮影)


巨大観音のひみつ
擽野寺は「らくやじ」と読みますよ。
忍者で有名な滋賀県の甲賀地方は、古代から都と地方を結ぶ要地で、奈良の大仏は当初この地で造られる計画でした。
そんな甲賀の南端にある擽野寺の大観音。比叡山延暦寺の建立に使う用材をこの地に求めて、櫟(いちい)の霊木に観音像を刻んだのが由来とされてます。
実際は、もう少しだけ後の時代になるようですが、なにしろ都から離れた「かくれ里」の地で、平安時代の前半から大規模なお寺と仏像が造られ、今に残っています。

本尊の観音像は、像高3.12m。台座と光背を入れると総高5.3mと圧倒的な存在感。
仏像の大きさの基準は、像の底部から髪の生え際までの「髪際高(はっさいこう)」で測るのだそうで、この像の髪際高は約2.4m。
まさに仏像の大きさのスタンダードとされる「丈六仏」の大きさになってます(立像だと4.8m、坐像で2.4m)。
都の仏像ではないですが、そのへんはいい加減にせず、きっちりやってるというわけです。

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報道陣も大興奮の存在感!

仏の背丈は、一丈六尺(丈六)とされますが、意外と大きいんですよね。
インドと中国での尺貫法やなんかの事情もあり、このサイズが言われるようになりました。

今回は、この像を間近で見られるチャンス。
衣の表面には、びっしりと描かれた極彩色の宝蔵華(仏教世界での花文様)がうっすらと残っています。(制作当初のものかは不明とのこと)。

学芸員の丸山士郎さんによると、お腹にあるしわの表現は、天台宗の如来像に多い「天台薬師」と呼ばれる表現。観音さんは菩薩ですが、お寺のご本尊ですからやはり如来の風格で表現したかったんでしょうか。そもそも観音はアクティブな立像で表現するのがふつうなのに、どっしり座ってますからね。下膨れの顔に貫禄たっぷりなメタボ体形(失礼w)もまさに如来のよう。これは本尊としての別格な表現なのだと思います。

お寺では、長い間厨子に入っていて見えづらかった。それが今、360度から間近で見られるのです。ぜひその圧倒的存在感を、身体で感じでいただきたいです!


注文主が変わると仏像も変わる?
擽野寺には観音像がたくさん残っているのですが、ひょろっとスレンダーな体形で、きりっと釣り目の表情が特徴で、「甲賀様式」というそうです。

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主役のほかにもいろんな仏像がたくさん集結

図録によると、その姿は、奈良の古いスタイルの観音像からの影響もみられるそうで、たしかにこの目は天平の国宝十一面観音にも通じるものがありそう。都のスタイルです。

奈良の聖武天皇がこの地で大仏造ろうとしたくらいだから、奈良の平城京とのつながりが、まだ残っていたのかもしれないですね。歴史ロマンであります。

しかし、展示室最後に並ぶ仏像たちは平安後期の像で、こちらは優しさと親しみやすさが込められた造型。地方らしい素朴な作り。
時代が経るにつれ、注文主が都系の貴族から土着の士族に変わったのではと指摘があります。
この時代の像にも共通点があって、衣文のデザインがほとんど同じ。作った人(工房)が同じだったことがわかります。
ひとくちに観音像といっても、作る時代、注文主、作る人によってだいぶ変わってくるんですね。

私が印象に残ったのはこちらの像。極端なタレ目がいい。遠い目線がいい!
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大観音以外にも、勇壮な重量級の毘沙門天や、おだやかで朴訥とした風の薬師如来、民衆の願いが込められた地蔵菩薩など、仏像の「おいしいところ」がいっぱい詰まった展示になっています。

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図録の表紙のインパクトがすごい(笑)。実物大の顔をどアップで

特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」
2016年9月13日(火)〜12月11日(日)
月曜休館(9/19、10/10は開館、9/20、10/11休館)
東京国立博物館 本館特別5室にて
http://hibutsu2016.com/
美術館サイト
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1779


【告知】
「アートウォッチャー」筆者・宮澤やすみ登壇
特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」
展覧会チケット付き 宮澤やすみ先生 みどころ事前講座

10月28日(金)13:15集合
東京国立博物館・小講堂にて
※講座後、展覧会チケットをお渡しし、各自鑑賞
お申し込みは、リンク先の「お申し込みカレンダー」→「受付中」をクリック
 
posted by 宮澤やすみ at 17:57 | Comment(0) | 日本(仏像、考古) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

仏像は家族?友人?「観音の里の祈りとくらし展U」

奥びわ湖の仏像を展示した「観音の里の祈りとくらし展U」に行ってきました。
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気分はまるで「仏像立食パーティ」

写真のとおり、広くて明るい会場に、だーっと仏像さんが露出展示。
現地に何回か行ったことがあるので、知った顔の仏像さんもいる。

「いや〜西野さん!ひさしぶり!」

と、西野薬師堂の薬師さんに、声かけちゃいたくなる(なるだけ)、まるでパーティ会場の様な展示室です。

今回の主役である黒田観音寺の観音さんも、現地では厨子に収まり上半身だけしか見えなかったのが、今回は全身、さらに背面まで拝めます。以外に大きく、下半身も精緻に造られています。
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全身があらわになるのは初めて

しかし、この展覧会の特徴は、仏像を国宝だ文化財だと、美術品として扱うのではなく、びわ湖の町や村の一般の人たちが何百年も守ってきたという、民俗学的な背景を知るところにあります。

平安時代の初期、平安京の鬼門(北東)に位置し、比叡山から天台宗系の寺院がたくさん造られた。それが戦乱を経て、寺院はだいたい廃絶になる。それでも、仏像だけは地元の人たちが、戦火を避けるために土に埋めたり川に沈めたりして一生懸命守ってきたのでした。
現在は真宗(阿弥陀如来だけを信奉する)の信徒の方が多いそうですが、それでも天台系の仏像を大事に守る。そこに宗派の壁はありません。

図録でも、”「観音さま」「薬師さま」と高く遠い存在として奉るのではなく、「ウチの観音さん」と、まるで家族のような身近な存在としてとらえている”(展覧会図録より「ウチの観音さん〜湖北の人々のホトケに対する思い〜」佐々木悦也氏 より引用)と書かれています。

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めずらしい「千手千足観音」

そうした「ウチの村のスター」が東京にお出まし。地元の人には誇らしくもあり、またいつもいるはずの”家族”がいなくて寂しい思いもなさっているようです。

そんな身近な存在でありながら、仏像の歴史的価値や、造型的な特徴は、平安時代の秀逸な出来栄えであり、その点でも大変貴重。それがガラスなしの露出展示(一部ガラスケース入り)でしっかり見られるという機会です。

国家権力から自立し、都市国家の様な自治を行ってきた「惣村」の文書や写真もあり、奥びわ湖の独特の歴史風土がわかります。
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自治を貫いた惣村・菅浦(展示写真から)

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村と外界の境界を示す「四足門」(筆者が現地で撮影)

一か月間の短い展示なので、早いうちにどうぞ。
(写真はプレス内覧会で許可を得て撮影)



観音の里の祈りとくらし展U−びわ湖・長浜のホトケたち−
2016年7月5日(火)- 8月7日(日)
東京藝術大学大学美術館 本館 展示室3、4
休日:月曜日(ただし、7月18日は開館)、7月19日
午前10時 - 午後5時(金曜日は午後8時まで)
美術館サイト:
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2016/nagahama2/nagahama2_ja.htm

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奥びわ湖・大浦から竹生島を望む(筆者が現地で撮影)


 
posted by 宮澤やすみ at 17:36 | Comment(0) | 日本(仏像、考古) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする